SAPは日本の小売業で基幹システムとして使えるか?

SAPは日本の小売業で基幹システムとして使えるか?

SAPの基幹システム最新版はSAP S/4HANA(SAP社HP参照)です。

会計部分等は日本の小売業でも利用されている事例を聞きますが、基幹業務を処理する小売業基幹システムとして利用されている話を寡聞にして知りません。

 

そもそも、良い悪いは別にして欧米小売業の業務内容と大きく相違している日本の小売業で、欧米の業務をモデルとして作成したSAP社パッケージ・ソフトでは使いにくいのではないかとの疑問が起こります。

欧米と日本の小売業の違いを記述して、この疑問に対する回答の私見を述べます。

欧米と日本の小売業の基幹業務はどこが違うのか

2000年代に欧米の小売業が日本へ進出したことは大きな話題となり、日本の小売業界に恐怖をもたらしました。

中でもスーパーマーケットの競合としての仏国カルフール、英国テスコは数年後に日本から撤退し、米国のウォルマートはグループ解体した西友との包括的業務・資本提携を継続していますが、不振から脱却できず西友株を売却すると報道されました。

 

これらの外資系小売業とは異にして、コストコの日本での年商は5,000億円、営業利益は米国同様3%程度と言われていますし、アマゾンジャパンは着実に業績を伸ばしており、商品販売以外の数値が含まれるので単純に比較はできませんが、2019年は1.7兆円の売上で毎年10%程度成長しています。

しかしながら、本ブログではメンバーシップ・ホールセールクラブや通信販売と小売業を分けて考えるために、コストコやアマゾンと日本の小売業との比較は避け、店舗を複数持つチェーンストアとしての小売業を欧米と日本とで比較検討してみます。

 

業界コメンテーターの中には、米国ではコストコを寄せ付けず、強敵アマゾンに対しても善戦しているウォルマートが日本で苦戦している理由を、EDLP(エブリデイロープライス=毎日が安値)戦略が日本の生活者に受け入れられなかったと評する向きがあります。

しかし、筆者はそれが原因ではないと考えています。確かに日本の小売業者の多くは、ハイ&ロー価格政策である特売を継続して実施していますが、少数ながら日本の小売業の中でも、トライアルカンパニー社(福岡県)の様にEDLP戦略を推進している小売業があり、業績も好調に推移しています。

 

つまり、筆者はEDLP戦略が日本の市場に受け入れられないのではなく、むしろ閉塞感のある日本の小売業にとっては、労働生産性を押し下げ、荒利のみならず営業利益を粗相するハイ&ロー戦略から脱却し、EDLP全面採用が最も優先順位の高い戦略であると考えます。

 

そうであれば、問題は欧米における成功体験を持つ制度を日本でも押し付けることであると考えます。

筆者は過去に外資系のコンピュータメーカーの作るPOSレジを販売していたことがありますが、そのコンピュータメーカーは日本独自の商取引に対応する仕様に関して非協力的であり、日本国内で日本仕様に対応するのですが、日本以外の全世界で対応不要な機能を日本国内仕様で作り込むことに冷淡でした。

想像の域を超えませんが、外資系小売業も本国で成功している効率的な運用を日本でも行うように押し付けるのでしょう。

 

具体的には、流通経路に卸売業が日本にはあり、小売業は相当な規模の企業でもメーカー直取引は困難ですし、生鮮食品では生産者団体である農協や漁協から卸売市場を経由した流通経路が残っています。

 

無論、これらの企業や団体は小売業が零細企業のみであった時代の遺物ですので、昨今は徐々に消えつつありますが、相当規模の流通量を確保しているがゆえに、欧米流の中抜き取引を推し進めることが決して良い結果にならないですし、そもそも日本の生産者や製造業者は、欧米系小売企業との取引を通じて世界へ進出などという甘言に乗り、現状の流通経路を破壊する要求を簡単には受け入れないでしょう。

SAPを日本の基幹システムで利用する際の注意点(1) 小売業お取引先と小売業の関係

前段でも記述しましたが、日本には欧米にない独特の流通経路が主体になっており、それゆえに取引条件も複雑な状態が存続しています。

そもそも、日本では米国や欧州主要国に比べて、早い時代(安土桃山以前)から生産者・市場(イチバ)・問屋・小売商人という流通経路が発達し、特に問屋が本商人(ホンアキンド)として最も影響力を持っていました。

今なお問屋(卸売業)の影響力は強大であり、米国等のようにメーカーとの直取引で物事を決める方式とは異なり、ゆえに発注から納品にいたる取引スタイルも異なっています。

 

例えば、新商品採用や特売企画の条件を取り決める商談一つ取っても、直接取引を行う小売と卸の両社にメーカーが入るという独特なスタイルです。この際の取り決め事項は時に複雑になり、システム化できないことが少なからず発生します。

また、取引条件でも米国ではロビンソンパットマン法で小売業の企業規模による納入単価の違いや年間取引額による差別(年間リベート等)が厳禁されていますが、日本における同等法規である独占禁止法は米国ほど厳密ではないので、複雑な単価設定やリベート等が未だに横行しています。

 

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SAPを日本の基幹システムで利用する際の注意点(2) チラシ(新聞折り込み広告)に対応する特売

日本独特の商習慣としては新聞への折り込み広告(以下チラシ)があります。ご存知のように、新聞が毎朝晩に各家庭や事務所に宅配される戸別配達制度が日本ほど整備されている類例は世界になく、ゆえに朝刊のチラシは日本独特の商習慣といえます。

周期は週単位であり従って販促企画や特売設定が週になっています。昨今は新聞の購読が電子化され、チラシも電子化されWeb掲載されるようになりましたし、新聞の購読そのものが減少しているので、チラシの認識率が低下しているものの、来店客の上昇誘導には効果があり、売上の積み上げに貢献しているのも事実です。

 

更に、チラシ掲載商品は短期(数日)間特価販売するケースが大半であり、基幹システムが対応を迫られることになります。

米国では店頭でチラシが配布され、商品の販促につかわれますが、シーズンや期間限定(12-18週間)なので基本的には売り切り型(売れ残りはセンターへ回収)であり、日本のチラシ対応とは大きく異なり売価が定番売価に戻る(値上する)ことはないので、日本とは大きく異なります。

SAPを日本の基幹システムで利用する際の注意点(3) 部門別管理といえば荒利

部門別管理の発案者は、キング・カレン(米国スーパーマーケット)の創業者マイケル・J・カレン(1884年-1936年)であると言われています。

マイケル・J・カレンの部門別管理は週毎の営業利益を店・部門単位で計算してマネジメントに利用する数表を作成するものでした。現在でも欧米の小売業はマネジメントを行うに際して必須の管理資料として利用しています。

 

翻って日本における部門別管理は、「売上が全てを癒す」風潮から部門別売上を管理することと誤解されてしまいました。

当時、外資系レジスターメーカーは、自社商品を販売するにあたり部門別管理を普及させ、実施するには必須機器であったレジスターの拡販に努めたのですが、レジが売れれば良かったために、『仏作って魂入れず』状態で部門別売上管理を黙認したのでした。

 

したがって、それ以後にコンピュータが普及して推定荒利(理論在庫を利用して算出した荒利)が計算できるようになるとこれを数表に追加しましたが、会計システムとは別系統であったために荒利から販管費を減算する営業利益まで踏み込まなかったのです。

更に、日本における周期は月毎であり、その中間結果としての週毎や10日毎(週報・旬報)だったのです。

 

つまり、容易に把握できる情報を扱った数表でマネジメントを行ったために、経費まで勘定に入れた赤黒の把握の様に本質的な問題解決の手法が普及しなかったのでした。

現在は部門別損益管理として日本独自の部門別管理と分けて管理しようとしていますが、基幹システムとは別系統の会計システム関連で出力していることが多いようです。

小売業基幹システム運用の独自性への拘泥

テスクは小売業基幹システムを永年に亘り多数導入した経験を持ちます。食品や日用品を扱う小売業、すなわちスーパーマーケット、ホームセンター、ドラッグストア、ディスカウントストアには概ね小売業基幹システムとして開発されたパッケージ・ソフトを基に開発し、ご導入いただいた小売業様の成長に貢献しています。

 

この経験からいって、日本の小売企業は独自仕様に対するこだわりが強く、口頭ではシステムに運用をあわせると申されても、実際は独自仕様に対するカスタマイズを要求されます。

 

失礼ながら、パッケージ・ソフトの作成者から見ると運用を変えていただいた方が良いと思われるケースでも独自運用に拘泥(悪い意味のこだわり)され、全体的な整合性に支障をきたす危険があります。当社はこれを避けるべく細心の注意と大胆な提言で支障なきようにいたしていますが高いハードルではあります。

SAPは日本の小売業で基幹システムとして使えるか? まとめ

言わずもがなSAPはERPのためパラメータ設定で可能な微調整は問題ないようですが、本来は導入する小売業が運用をシステムに合せることがセオリーと聞いています。SAPは世界の名立たる小売企業に対する導入実績を持っていますので、小売業基幹システムの王道を網羅していると自負していると想像できます。

ゆえに、日本の小売業がSAPを導入する場合も、小売業基幹システムとしてのSAPに運用を合せる方が有効であると思っているのでしょう。多少古いニュースですが、2009年にトライアルカンパニー社(福岡県)がSAPジャパン社と基幹業務ソフトウェアであるSAP ERPを日本及びアジア・パシフィック各国に共同で展開して、5年間で100億円のSAP外販ビジネス計画を発表しています。

 

先にも記述しましたが、トライアルカンパニー社はEDLPを営業戦略としているので比較的欧米小売業の業務運用に近いと推察でき、SAPも導入しやすいと想像できるので、トライアルカンパニー社では成功裡に稼働したのでしょう。

そして、2009年プレス発表でトライアルカンパニー社IT責任者は、SAPに日本の小売業が必要な機能の対応をさせてパッケージに取込ませると仰っています。しかしながら、プレス発表のように小売業基幹システムとして日本の小売企業がSAPを採用したとは寡聞にして存じ上げないのです。

 

SAPは当然として欧米小売業向けの小売業基幹システムとして開発されていますので、日本の小売業独自仕様をパッケージ化する場合は、ドメスティック・バージョンとしての位置づけが関の山ではないかと勘繰ります。

ここまで記述したように、欧米と日本の小売業では違いが多く、大半の日本的運用は非合理的ですので、修正するに越したことはないのですが、現実は容易には変革できないのです。

世界規模のERPを日本の小売業が採用する場合は、相応の覚悟と費用を必要とすると結論付けるのは寝言でありましょうか。

 

株式会社テスクは、小売業向け基幹システム「CHAINS Z」、バイヤー業務を効率化する「商談.net」を提供しております。

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