基幹システムとシステム運用費がコロナ後に変貌する

基幹システムを利用する時に企業が負担する費用は、初期の構築費用と稼働後のシステム運用費の2種類があります。それぞれの比率はおよそ『2:8』であり、投資を検討する際に目立つ初期構築費の4倍がシステム運用費に必要なのです。数年ごとに行う大規模な再構築が一般的であり、その度に要求される機能が積み増されて基幹システムの対象範囲が広がり、深化するので開発ボリュームが増加し、システム運用費も莫大になります。つまり、一般的にコスト面から見るときには、作成費用の高低に注目して、時にはユーザー企業がベンダー企業に値引き要求をしますが、システム運用費を意識することが少なく、運用が始まってもシステム運用費は多くの項目に分かれているので問題視されることが少ないのです。しかしながら、先の比率を考えれば基幹システムのシステム運用費にこそ注目する必要があります。本稿で解説します。

レガシー基幹システムのシステム運用費の実態

昨今の我が国においてユーザー企業が内製で基幹システム再構築をする場合は、パッケージソフトウェアやSaaSを利用する場合でも、導入前後は多数のエンジニアが開発プロジェクトに携わることになり、稼働後にはエンジニアは少数で良くなるので、エンジニア需要の変動を吸収することが出来ません。ゆえに、ベンダー企業に依頼せざるを得ず、ベンダー企業は更に外部企業のエンジニアに外注します。このような多重下請構造によりシステム規模が益々大きくなり、稼働後のシステム運用規模を押し上げます。そして、一連作業の金額換算もエンジニアの作業内容で単価が決まり、単価に見積工数を積算して見積額とします。要件定義等を実施した後に見積時と要件が相違すれば費用が追加されます。つまり、成果物がもたらす価値で費用が確定するのではなく、システム構築に要する工数に対する対価として費用が決定されてきました。そして、システム運用費に関しても、大まかには必要と予測する工数により金額が増減します。システム運用費の内訳は、ソフトウェア運用・保守費、ハードウエア運用・保守費、通信費、操作人件費、追加・変更等の外部委託費などがあり、基幹システムを安定的に稼働させたいのであれば、欠くべからざる支出と理解しなければなりません。

基幹システムとシステム運用費の支出分野が変化する

我が国の基幹システム再構築は、ユーザー企業の業務実態に合わせた受託開発をする場合はもちろんのこと、パッケージソフトウェアやSaaSを利用する場合も、自社で運用している業務実態に基幹システムを合せることが大半で、おのずと開発は大規模になります。しかし、コロナ後の事業継続性確保や事業基盤強化、事業開発に役立つ基幹システムは、オンライン化やデジタル化の推進がますます必要になります。

もはや、オンライン化やデジタル化が遅れている現状業務に合わせた基幹システムを構築するといった発想から脱却し、業務プロセスの標準化を進めたパッケージソフトウェアやSaaSを活用して、業務プロセスを見直して、競争領域以外はパッケージソフトウェアやSaaSに業務プロセスを合せるようにし、コストや再構築期間を短縮することが必要になります。

まさに、事業の変革スピードを速めるためには独自に「作る」を放棄して、既存の製品やサービスを「使う」への発想の転換が必要になるのです。したがって、基幹システムのシステム運用費に関しても、独自に「作る」分野に対する費用負担から既製品を「使う」ことによる大幅な減額が期待できます。

米国におけるユーザー企業とベンダー企業との取引に際しての支払は、要した工数ではなく価値に対する対価であると聞いています。カール・マルクスがその著書『資本論』で、商品の価値は労働時間で決まるように見えても違うことが、シャツを例にして解説しているように、労働時間で価格が決まるがごとき取引は縮小し、今後の我が国におけるユーザー企業とベンダー企業との基幹システムとシステム運用費も、価値に対する対価を支払うと言った発想が浸透すると予測します。

ユーザー企業は基幹システムの開発やシステム運用の内製化を推し進め、ベンダー企業はユーザー企業の内製化を支援するといったパートナーとしての役割を果たして価値を発揮し、対価を得るようなビジネスモデルへ変化を遂げることになるでしょう。

ベンダー企業の役割変化は目新しいことではなく、わが国における1970年代後半から1980年代のコンピューター普及期にはメーカーSEがユーザー企業の社員を教育し、内製化を手助けしてユーザー企業が基幹システムを開発し、稼働後のシステム運用もユーザー企業社員が実施することを支援して対価を得ていました。形態は変化しつつも過去に経験済みの方法に変化するだけですので、支障なく移行する事は可能であると推察します。

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基幹システムのシステム運用費の変化が示す企業競争力強化

DXレポートにはデジタル・ディスラプション(デジタルテクノロジーによる破壊的創造・破壊的な社会にインパクトのある革新や刷新、変革)と呼ばれるゲームチェンジが起きつつある環境において、競争力維持・強化にはDXをスピーディに進めていくことが死活問題として、DXを企業が推進せざるを得ないことを表明し、DXレポート2の中で、経営者は経営とITが表裏一体であるとの認識を持ち、デジタルを“使いこなす”視点と、デジタル“だからこそ”の視点を持ってDXに向けた戦略立案の必要を断言しています。

さらに推進戦略として、「経営のリーダーシップにより企業文化を変革する小さな成功体験」の積み重ねが肝要であるとしています。つまり、基幹システムの開発費やシステム運用費への投資は、ベンダー企業に対して大規模投資をするのではなく、内製化にチェンジした小規模な投資を繰り返すように変化するのです。ユーザー企業の変化が実現された後のベンダー企業の役割は、ユーザー企業の事業を深く理解して、新たなビジネスモデルを共に構築するパートナー関係へ変革を遂げます。そして、ユーザー企業のITに対する投資は、基幹システム開発やシステム運用の多くを内製する人材の確保と育成にシフトチェンジして、企業競争力を強化します。

まとめ

蒸気機関による産業革命、電気普及と高度経済成長は、世界や我が国を非連続的な変化に誘導しましたし、デジタル・ディスラプションのIoTは、蒸気機関や電気普及以上に世界を全く違う景色に誘うと言われています。そして、コロナにまつわる生活の変化が、人々の固定観念を大きく変えることにより、テレワーク等のデジタル・ディスラプションと呼ばれるゲームチェンジを加速しました。もはや、以前の状態に戻らないばかりか、立ち止まることや潮流に乗り遅れることはデジタル競争の敗者になります。ゆえに、レガシー基幹システムを再構築する大規模開発を多重下請構造のベンダー企業に任せ、莫大な人的工数と対価を開発費とシステム運用費へ投資することを止め、業務プロセスの標準化を進めたパッケージソフトウェアやSaaSを購入して基幹システムの開発とシステム運用を内製化し、環境変化へ迅速に対応できる組織・事業・推進の各戦略を立案・展開し、企業文化を変革する小さな成功体験を繰り返すように変化する企業に変貌を遂げることこそが、デジタル競争の勝者になるのです。

2021/03/03