プロジェクト「基幹システム」 ―怒れるチャレンジャーたちー

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小売 学び 

今や我が国のチェーンストア用基幹システムを代表するいくつかのクラウド・サービスは、いずれも一朝一夕に拵えることができたのではありません。これから携わるチャレンジャーたちに役立つようにとの思いで、基幹システム誕生物語を執筆しました。難行苦行に果敢に挑戦し完成の果実を得たチャレンジャーに敬意を表し、ドキュメンタリー風ドラマ仕立てです。「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ。」との名言をドイツ帝国の鉄血宰相の異名を持つオットー・ビスマルクは残しています。誕生物語は、自動化やIOT化が深化する新しいクラウド・サービスの創造に役立て頂けると拝察します。読み物としての面白さを出すために、事実から逸脱したフィクションになっていますので、関係各位に於かれましては事実無根とのクレームをされないように、予めお断りを申し上げます。それでは、著名なチェーンストア向け基幹システムの誕生物語をお楽しみください。

基幹システムはコンピュータを売るための方便

【登場人物】(会社名、人物名は架空です。)

花畑…UJTD社の社長

池下…UJTD社の製品開発担当役員

町川…UJTD社の基幹システム開発プロジェクト・リーダー

石海…HAL社米国本社の小売セクション・マネージャー

仏山…HAL社日本法人の小売業担当営業責任者

古池…HAL社日本法人の購買担当者

物語は1980年代の或る日の、街も人も寝静まった夜中のパーソン・ツウ・パーソンコール国際電話のけたたましい呼び出し音から始まった。メールがない時代は大半の指示命令手段は電話であり、米国に本社がある企業では、13時間の時差がある日本法人の社員は夜中に叩き起こされて電話に出なければならないのである。

石海「夜分に済まないが、先ほど本社(米国)役員から、日本の小売企業にはHAL社中小型コンピュータがもっと普及しても良いにもかかわらず、低迷している理由を聞かれて日本企業の社内開発体制の脆弱さを返答したら打開策をすぐに出すように言われた。何時までにレポートを提出できるか返事が欲しい。」

仏山「時差があるとはいえこんな時間に電話してきて、日本小売企業体制の課題解決レポートをいつ出せるかなんて、答えられるほうがどうかしてると思わないのですか。」

仏山は石海が悪いので無いことはわかっているのである。こんな無茶振りをするのは本社の重役であり、彼らは自分の出世のためには、犯罪に手を染めること以外はなんでも在りなのである。

石海「日本の中小企業には日常的にコンピュータを操作するオペレーターは居るが、プログラムを作ったり更にはシステムを設計したりできるエンジニアが居ないことは解かっている。小売業では社員に理系が少ないので、この傾向が酷いことも分かっている。そんなことを言っても重役が許してくれないことぐらいは君も分かっているだろう。製造業のシェアをゲイン(他社からユーザーをもぎ取る)する時に用いる、プログラマーの養成セミナーとセットのセリングを小売業にプッシュしてはどうか。」

日本人同士の会話であるが、外資系企業内ではカタカナが多くて、そばで聞いている者には理解しがたいのである。

仏山「言われなくても、既に同様のプロモーションを日本でも実施しています。ですが、小売業の中でもD社のようなラージ(大企業)ならいざ知らず、理系社員がゼロに近い中小小売業者ではオペレーターの雇用しかできないのです。いっそのこと、ハードウェアとソフトウェアをセットで売って、買った小売業は日常の操作をするだけであれば可能性があると思いますが、業界ノウハウを持っていないと導入の指導ができないですし、カットオーバー(稼働)後の対応は土日祝日も行わなければならないのです。そんな都合の良いソフトウェアを提供する会社は無いと思います。」

石海「君の話を聞いていて思い出したのだが、名古屋に食品問屋の電算室(電子計算機室、今の情シス部門)が独立して、食品問屋やスーパーマーケット、衣料品小売業の受託計算をしているUJTD社が使えないか。UJTD社なら卸売や小売業のノウハウを持っているし、年中無休でサービスを提供しているはずだ。」

日本では、メインフレーム(大型コンピュータ)しかなかった頃には大企業以外はコンピュータの導入ができず、中小企業は『計算センター』の受託計算(コンピュータを使った業務代行サービス。今のクラウドに近いが、データ・エントリーやオペレーションも行っていた。)を利用していたが、1980年からオフコン(オフィース・コンピュータの略称)と言われていた中小型コンピュータが中堅企業に普及し始めており、国産コンピュータ・メーカーに海外勢も加わって、苛烈な販売合戦が繰り広げられていた。

国際電話の数日後、名古屋市内ではあるが繁華街から随分離れた倉庫や工場の多い場所のコロッケを揚げる匂いのする総菜加工場2階に事業拠点があるUJTD社に仏山の姿があった。

花畑「HAL社の方がお見えになると聞いたので、我が社が最近契約したウイリアム社製メインフレームの導入阻止が目的と誤解したのですが、我が社にオフコンで稼働する小売業向けのアプリケーション・ソフトウェアを作れと仰るのですね。しかし、現在我が社で稼働しているプログラムはメインフレーム用に作られていますのでイチから作ることになりますが、高額な投資になるので困難です。」

その日に仏山と面談したのは、UJTD社の社長である花畑と、製品開発担当役員の池下であった。

池下「小売業と言っても、スーパーマーケットのような食品や日用雑貨品を扱う小売業と衣料品やファッション系を扱う専門店では、日常業務や管理方法に全くと言っていいほど違いがあるので両方のニーズを満たすアプリ(アプリケーション・ソフトウェアの略)を作ることは不可能ですよ。」

池下は花畑の大学時代の同級生で、大学卒業後に小売業大手のD社に入社したが、思うところあって海外を放浪した後にUJTD社に入ったのであり、D社での経験と物事の本質を掴む才能でUJTD社の製品開発中心メンバーを担っていた。

仏山「衣料品専門店向けにはHAL社が商品管理用の『テンポ』を販売しているので、御社にはスーパーマーケット等のチェーンストア向けアプリを作ってもらいたいのです。管理や業務のための必要な機能をパッケージングしたソフトウェアを作ってください。作成に必要な費用はHAL社が出しますから完成後の著作権はHAL社になります。また、HAL社の全国の営業が販売するので、導入の指導と稼働後のメンテナンスを依頼したいのです。」

当時のHAL社はコンピューター・メーカーとしては断トツで世界ナンバー・ワンであり、名古屋の端で受託計算業務をしている会社に対して高圧的な態度で臨んできたのであった。しかし、相手が高圧的な時ほど池下は喧嘩腰ともいえるような態度になるのが常であった。

池下「いくら出して頂けるのかはわかりませんが、プログラムを作るには多くのノウハウの裏付けがあって可能であり、ソフトウェア作成費用を貰っただけで著作権を持って行かれた上に、HALさんが販売した尻拭いをさせられるとは承服しかねまっせ。」

池下は関西の出身であったので、癇に障ることがあると関西弁混じりになった。

花畑「池下、言葉が過ぎるぞ。すいません仏山さん。しかし仏山さん、池下が言うことも理解してください。ソフトウェアを作成した後に、導入とメンテナンスを担うとなると、デリバリー件数が増える程利益なき繁忙になりかねません。提案ですが、ソフトウェアの作成費用は一部で結構ですので、御社は非独占販売権を持っていただき、販売ごとに一定額を弊社にお支払いいただくようにしていただけませんか。」

花畑は優秀な経営者であるのみならず、利益追求にも長けていたのであった。

仏山「分かりました。御社の提示された条件を本社に伝えて、ご要望に沿えるように努力します。しかし、出荷は御社から行っていただきますが、その際にはHAL社のロゴを付けて出荷してください。ソフトウェアは小売業の通常業務と必要な管理機能がパッケージングされたモノであり、更にはカスタマイズすることなく稼働することができ、かつ個別の要望に則したカスタマイズはユーザーでも可能なようにしてください。つまり、基幹システムのパッケージ・ソフトウェアにして貰いたいのです。」

その後に、何度かの交渉があり暗礁に乗り上げた時もあったが、焦っていた石海や仏山の尽力によりHAL社は妥協し、我が国でも稀なスーパーマーケット等のチェーンストア向け基幹システム開発が着手されることになったのである。

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世界的な品質を満たすレベルに途方に暮れる日々

町川「古池さん、またですか。作っては検査して直せ。作り直しては検査してまた直せ。こんなことを何度も繰り返しているのですよ。また、画面により機能するコマンド・キーが多少違ったって支障はないと思いますが、これも統一するように言う。さらに通常は操作マニュアルに記載する項目説明を全てヘルプ・キーの操作で表示させるのでは、貰った開発費などとっくに使い果たしましたよ。」

UJTD社は過去にHAL社が販売した特定顧客向けアプリ開発の一部を請け負ったことがあり、この時は大変な苦労をして納入したのだった。この経験をもとに成果物や品質レベルを想定して基幹システム開発の見積もりをしたが、これが大外れしたのだった。個別企業へ納品する成果物やプログラム品質とHAL社ロゴを付けて販売する基幹システムの品質は次元が大きく違うのであった。

古池「クオリティーが必要なレベルに達しないから作り直してほしいのです。基幹システム全体にわたってコマンド・キーが同一であるなんて、当たり前です。さらに言えば、メニュー体系や画面レイアウトの統一もなっていないです。ましてや、意図的なエラーデータを入力するとアベンドするなんて論外です。HAL社に著作権はありませんが、HALのロゴを付けて出荷する基幹システムであることを忘れてもらっては困ります。HAL社はワールド・ワイドでビジネスしているエクセレント・カンパニーです。エクセレント・カンパニーのロゴに相応しいクオリティーに早くしてください。」

町川を始めプロジェクト従事者は休日返上で連日深夜まで頑張っていたのである。古池の言うことは当然と言えば当然ではあるが、頑張っている者たちに対する言い方があるではないか。多少の慰労の気持ちをもって接すればよいものを、外資系で在りがちな横文字を用いて冷徹に命令口調で要求するのであり、恨みを持たれることなど意に介さない者は何時如何なる所にも居るのである。このような押し引きを続けながらも、基幹システムの開発は続いたのである。

永遠に続くと錯覚する“もぐら叩き”

 

町川「池下さん。これ以上プロジェクトを続けることはできません。古池さんが間違った要求をしていないことは、分かり過ぎるほど分かっています。しかし、検収前確認をする度に新たな修正の要求に対して、先日も若手メンバーが『終わりなきもぐら叩きゲーム』と虚ろな目をして呟いていました。メンバーの疲労は限界です。」

町川は若手メンバーを話題にしたが、最も疲労困憊に陥っているのは彼自身であった。プロジェクトが始まって3四半期が経過していたが、当初の想定を超えるHAL社の要求に応えきれていないのである。町川が深夜に帰宅してボロ雑巾のように寝床に滑り込んでも、『もぐら叩きゲーム』を永遠に続ける夢を見ることが増えたのである。

池下「町川。自分(関西弁で話相手のこと)には見えてへんかもしれへんが、長いトンネルの出口は直ぐそこまで来てるで。今までUJTD社はオブジェクト・プログラムと要求が有った時だけに添えるソース・プログラム、それに加えて外部設計書と簡単な操作説明書を納品しとったが、今回のHAL社の要求は要件定義書、外部・内部システム設計書、ソース・オブジェクト・ロードの各モジュール、単体及びシステムテスト結果報告書、オペレーションガイド、業務運用マニュアル等と非常に高いレベルと膨大な量の成果物を要求しとる。さらには、画面やファイルレイアウト等にも合理的な整合性を要求しとる。せやけど、これが世界基準の品質であり、乗り越えれば何処に出してもおかしゅうない代物になる。我が社の基幹システムは世界レベルちゅうこっちゃ。手が足りへんなら、土日に営業の応援を頼んで画面のテストをさせるで。嫌がるようなら“うっせぇ”といてこましてまえ。」

正に、UJTD社が全社を挙げての取り組みであった。プログラムの書けない営業もテスト局面に駆り出されたが、貢献度は少なかったのである。しかし、町川を始めとしたプロジェクトのメンバーにとって、自分たちだけが貧乏くじを引かされたという被害者意識を拭うことには大いに役立った。この後も紆余曲折は有ったが受け入れ検収が完了した。

恩讐の彼方に在る、類を見ない基幹システムという栄冠

仏山「ネーミングを石海に聞いたら、チェーンストア向けの基幹システム・パッケージ・ソフトだからチェーンズが良いと言っていました。C・H・A・I・N・Sと書いてチェーンズです。しかし、よく頑張ってくれましたね。古池の報告を聞いていたら、御社が開発を放棄してしまうことも有り得ると危惧しました。」

場所はUJTD社の近くにある蟹料理専門店の宴会場である。HAL社の招待でプロジェクト・メンバーが慰労されていたのである。

 

池下「チェーンストア向け基幹システムがチェーンズとは、少しベタな気もしないでもないですが、覚えやすくてよいネーミングですね。アメリカの生活が長い石海さんなら、もっと高尚な名前を付けると思っていました。それはさておき、古池さんに厳しくご指導をいただき、嫌みでなく感謝をしています。画面やファイルレイアウトに限らず、項目のネーミングやコマンド等に統一性がありヘルプ機能がほとんどの画面に付いているので、弊社員は覚えやすくて、お客様も理解しやすいと好評です。また、各種ドキュメントが整備されているので、一々説明することなくドキュメントの提示で導入指導が済むのみならず、ソフトウェア業界に在りがちな担当する技術者のスキルレベルにより説明品質は変化する課題が、指導する技術者が変わっても小売側担当者に誤解されることが激減しました。一時は古池さんを心底恨むメンバーが居たことを否定しませんが、苦労をした者のみが得られる栄冠を手にできました。」

宴会は盛大に行われたのであったが、古池がビールのシャワーから逃げ回っていたのはご愛敬である。

このようにして、基幹システムの要件である、そのままでも使え、カスタマイズもし易い、規模の大小にかかわらず導入可能な製品が、過不足なきドキュメントを携えた技術員により、全国は言うに及ばず海外まで導入されたのである。

2021/4/16