ECRはメリットが多いの?背景と現状を小売視点で解説
1990年頃になると、マーケットシェアを拡大しつつあったウォルマートのスーパーセンターといった新業態に従来型業態であるスーパーマーケットは多大な悪影響を受けていました。
スーパーマーケットが新業態に対抗する取組として、米国のスーパーマーケット協会(Super Market Institute)と全米食品チェーン協会(National Association of Food Chains)の合併により発足した従来型業態団体である食品小売業団体の食品マーケティング協会(The Food Marketing Institute、通称FMI、現在は食品産業協会:The Food Industry Association)が他業界団体とタスクフォースを立ち上げました。
ECRは、このタスクフォースから依頼を受けたコンサルタントファームのカート・サーモン・アソシエイツ(KSA)が立案した新戦略です。新戦略としてのECRで、スーパーマーケットなどの従来型業態は新業態に対してマーケットシェア奪還をしようとしました。
前回のECR論考を継承して、同じ小売業でありながらECRのデメリットを克服しつつメリットを享受したウォルマート(ストアコンセプトは=2000年までEveryday Low Price、2007年までAlways Low Price、今Save Money, Live Better)など新業態小売業のマネジメント思考や取り組みを解説します。
スーパーマーケット版QRとしてのECR
そもそもFMIが立ち上げたタスクフォースが、後にECRになる新戦略の立案をKSAに依頼したのは、アパレル業界におけるクイック・レスポンス(Quick Response=QR)の実績を高く評価したからです。
QRとは、アジアからの輸入急増による業績低迷に喘いでいた米国アパレル業界が、国際競争力を再構築して強化するための取り組みです。製造業、倉庫業、運送業、卸売業、小売業と言ったサプライ・チェーンの無駄を消費者利益の観点から排除して、リードタイムを短縮し、在庫を削減しようとしました。
QRの目的を実現するためには、サプライ・チェーン関連企業で情報を共有し、商品コードやデータ交換通信手順・規格等を標準化し、従来の企業内外プロセスを聖域なく再設計しなおす(Business Process Re-engineering=BPR)取り組みが必要です。
QRを実施すれば在庫や物流コストが削減するだけでなく、値引き見切り廃棄などの本ロスや欠品によるチャンスロスが削減できるのです。これはECRを通じて達成しようとしたローコスト・オペレーションそのものだったので、スーパーマーケット版QRがECRになったのです。
補足すると、クイック・レスポンスの名称は、「商品を直ぐに届ける」行為との誤解を生むとの反省から、サプライ・チェーン・マネジメント(Supply Chain Management=SCM)と言われるようになっています。
ECR構想を必要とした小売業
ECRは、ウォルマートのスーパーセンターといった新業態に対抗しようとした従来型業態であるスーパーマーケット業界の新戦略です。当時は特売時に必要以上の商品を、大量に購入して在庫するというフォワード・バイイングや、フォワード・バイイングで仕入れた商品を他社に転売するといったダイバーティングが常態化しており、一時的な利益を出していました。しかし、KSAの調査・報告は、結果として高コスト体質になり、競争力が低下するといった悪循環に陥ると指摘しました。スーパーマーケットは悪循環から逃れたかったのです。
その後もスーパーマーケットといった従来型小売業のマーケットシェアは下落を続けて、ウォルマート等の新業態がシェアを成長させました。この様な事態になった原因はいくつか考えられますが、その内から一つ挙げれば、製・配・販を構成するサプライ・チェーン・メンバーの信頼関係を、従来型小売業が主導できなかったのだと考えます。
従来型業態であるスーパーマーケットがECRの採用に足踏みしていた時に、ウォルマートの創業者であるサム・ウォルトンは、経営理念であるEDLP(Every Day Low Price)を進化させる方法を思いめぐらしていました。サムは、製造業と小売業の利益は相反しているので、共同作業によるローコスト・オペレーションは困難であると考えていたのです。
解決案が見つからずにいた1986年に、P&G社(消費財メーカー)の営業担当副社長ルー・プリチェットとカヌー下りに参加して、じっくりと話し合ったらお互いの利益は相反せず、同じ目標を持っているとお互いに認識して、新しいパートナーシップと呼ばれる関係を構築できると確信しました。これこそが「戦略的製販連携」であり、顧客の利益のために協力関係を進化させようとしました。具体的には、QR活動を積極的に推進して、サプラーチェーン全体の最適化を実現しようとしたのです。
つまり、QRをスーパーマーケットに展開しようとしたECR構想を事業活動に取り入れたのは、スーパーマーケットの競争相手であるウォルマートであり、ECRのメリットを享受したのもウォルマートでした。
ECRを具体化したモデルのCFARとCPFR
ECRはサプライ・チェーンの全体最適を目指す新戦略ですので、ウォルマートは具体化した仕組みとしてCFAR(Collaborative Forecast And Replenishment)に取り組みました。
CFARは、医薬品と一般消費財のメーカーであったワーナー・ランバート社(2000年に敵対的買収によりファイザー社に吸収合併された)との間の新たな取り組みでした。
CFARはC=製造業と小売業が共同で探求しながら、F=販売数量及び販売に準じた発注数量を高い精度で予測し、A=その上で、R=商品の補充が効率的になるようにしました。今では考えにくいのですが、当時は製造企業と小売企業が互いに保有する情報を開示しあうことは考えも及ばなかったのでした。しかし、ウォルマート社は有していた「リテイルリンク」と言った巨大コンピューターサーバーの情報を開示するのが自社にとって有益であると判断したのです。筆者はリテイルリンクについて、当時の世界で米国国防総省(ペンタゴン)の有するサーバーの次に大きなコンピューターと聞いていました。
CFAR及びリテイルリンクにより、製造企業が小売店の販売状況や店舗在庫が把握でき、現状と将来の販促予定に基づく販売数予想と発注と出荷予測を立てて製造計画が組めるようになったのです。これにより、過剰在庫や品切れを防止するのみならず、効率的な配送も計画するようになりました。
この成功した取り組みに共同計画を追加して、全取引先は言うに及ばず、流通全体に適用しようとする取り組みがCPFR(Collaborative Planning Forecasting Replenishment)へと発展していったのでした。
ECRにデメリットはあるか
製・配・販と言った流通業界全体に様々なメリットをもたらし、効果的な対応を通じて生活者にもメリットをもたらすECRにデメリットは有るのでしょうか。ECRは構想なので、具体的な行動をしようとするにはCFARやCPFRと言った仕組みを運用し、顧客分析の進化形としてFSP(Frequent Shoppers Program)やID-POSを利用し、売り場作りのためのカテゴリー・マネジメントで商品を販売します。
更に、売り場への効率的商品供給(ロジステック)のために、CRP(Continuous Replenishment Program=連続補給方式)やVMI(Vendor Managed Inventory=ベンダー主導在庫管理)と言った仕組みも使いこなします。
これ以外にも多くのアイデアがあり、ECRのメリットを十分に享受するためには、これら多くの仕組みを理解して、現場への実践に生かさなければならないのです。
この様に、非常に多岐にわたる理論をマスターして、正しく実践すればECRのメリットを得られるのですが、多くの知識と過去の経験の多くを否定する行動をする必要があり、強いて言えばこのことがデメリットと言えるようです。
また、ECRを実践する際には、小売企業と取引先企業(商品供給先)との関係を劇的に変革する事が要求されます。具体的にいうと、ECR実践前の接点は、取引先企業の営業職と小売企業のマーチャンダイザー(バイヤー)職といった点(1人もしくは数人でありいずれも対外担当職種)であり、蝶の様な形状ですが、ECRの実践に際しては、トップ同士、マーケティング担当とマーチャンダイジング担当、情報システム担当同士、営業とバイヤー、製造担当職と物流センター担当、経理同士といった算盤珠のような形状に変化させるのです。
ECR実践前は双方が単独で当たっていた関係を、場合によっては二桁の複数人で当たることになるので、実践前の視点では人件費面のデメリットに見えなくもないですが、得られる収益を考えれば取るに足らないと解かります。
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