基幹システムが効果を上げる自動発注とは?そのロジックとポイントを確認
プロ野球で伝説になっている故野村克也氏の座右の銘に、「勝ちに不思議の勝ちあり。負けに不思議の負けなし。」があります。
これは肥前平戸藩第9代藩主『松浦静山(まつらせいざん:本名 松浦清)』が執筆した剣術書『剣談』が出典です。
野球の世界に勝負は切っても切れませんが、あらゆる物事の成功と失敗も勝ち負けと同じ理屈ではないでしょうか。
つまり、うまくいったときには説明がつかない不思議がありますが、失敗した時の原因は明快なのです。
自動発注に関しても同様で、失敗したケースの原因分析をそのロジックにスポットライトを当てて時代劇風に解説します。(本ブログはフィクションですので、登場人物やストーリーは事実とは異なります。)
勝ちに不思議の勝ちあり
【登場人物】
双星いずみ(いずみ)・・・・・・・・・・・肥前平戸藩の蘭学指南役『双星内蔵助』の娘で蘭学を極めている
松浦静山(静山)・・・・・・・・・・・・・肥前平戸藩第9代藩主だが家督を譲って隠居している
松平定信(定信)・・・・・・・・・・・・・寛政の改革を行った徳川幕府の元老中で陸奥白河藩3代藩主
越後屋八郎右衛門(越後屋)・・・平戸藩御用達の商人
いつの時代でも革新的な人々が、失敗をものともせずに新しいことにチャレンジします。マーケティング用語に『イノベーター理論』があり、商品の新奇性や革新性を重視して積極的に試そうとする人たちを「イノベーター(革新者)」と呼んでいます。
松浦静山もイノベーターの一人で、海外の知識や物品を積極的に受け入れていました。
積極的に受け入れていたというより、当時は御禁制であった密貿易を行っていたとの説もあるようです。
そのようなキャラクターなので、新しい知識に対する渇望は常人とは違い、習得にはなりふり構わない部分があったのです。
能力が有る者は身分の高低や男女の区別なく登用する度量を持ち合わせていました。
そして、静山に仕える双星いづみも、優秀な父から蘭学を学び、今や理解は父を超えるレベルにまでなっていたので、静山のお召しに至ったのでした。
「いずみ。その方がオランダの書物から学んで作ったカラクリに、藩の御用達品を商人に注文するに際して使うものがあるそうだが如何なるものじゃ。」
「御前。お尋ねのカラクリを自動発注と称しており、御前が南蛮貿易にて調達した書物から仕組みを学びカラクリを作成しました。
このカラクリがお城の御用に必要な品を必要な時に何時でも御倉に有るようにしました。」
「南蛮貿易は御禁制を破って密かに行っているので、幕府の隠密に露見すると面倒なことになる故、扱いはくれぐれも慎重にしてもらわねばならぬが、そのカラクリの理屈を申してみよ。」
「藩の調達品は納められた後に御倉に運び込まれ、必要に応じて御倉奉行様のお許しを得てから持ち出されたのちに御用に供されます。
御倉奉行様は出入りの品名と数量を帳面に書き留めておかれます。
以前は御倉に品物が無くなってから商人に御用を申し付け、商人は御用を承ってから産地に出向き品物を調達してお城に収めておりましたが、これでは、無くなった品物がお城の御用に供されるまでに多くの時が必要で、不便この上ないものでした。
これを何とかせんがために、蘭書を読み漁ったところ、“ベンダー・マネージド・インベントリー”を見つけました。
これの意味する処は、ソロバンの苦手なお武家様である奉行様には帳面を確かめるのみとして、ソロバンを得意とする商人にその他一切を任せる事です。
そこで、藩に出入りする越後屋さんに相談したら、快くお引き受けくださいました。」
「今の御倉奉行は代々我が藩に仕える律義者であるが、確かにソロバンは少々苦手なようじゃ。
しかし、我が藩の倉の中身を越後屋に委ねてしまっては、太平の世であっても何時いかなる時に戦になるやもしれず、その折に兵糧に困ることになりはせぬか。」
「その点は抜かりなくしております。
越後屋さんだけに任せるのではなく、越後屋さんを世話役とした寄合講を作って定期的に他の商人にも話し合ってもらい、奉行様の御同席を頂きお目付け役をしていただきます。
帳面は越後屋さんが責任をもって作っていただきますが、寄合の誰でもが見ることができ、お奉行様も越後屋さん以外の商人の意見を聞きつつ納入する値や数を監視していただくのです。」
「奉行や他の商人に監視させるとは良い考えじゃ。しかし、何事につけ秘密にしたがる越後屋をはじめとした商人が、他に見せることを承知したのか。」
「その点は、わたくしも懸念しておりましたが、不思議と上手くいきました。御前の仰る“勝ちに不思議の勝ちあり”の様に成功にも『不思議』があると思い知らされました。」
自動発注が必要とする基幹システムとの連携のポイント
自動発注を稼働させるにあたっては、対象商品の特性に合わせた自動発注の方式を選択します。
この際に優先される事項は、売上や仕入の情報が適時適切に反映されることなのです。
つまり、基幹システムで扱っている情報がシームレスに自動発注に役立たねばなりません。
したがって、基幹システムと自動発注は密接な連携が欠くべからざる機能であるのです。
また、小売企業の従業員のみで商品改廃を含めた在庫の管理も結構ですが、VMI(ベンダー・マネージド・インベントリー)から発展したカテマネ(カテゴリー・マネージメント)を導入して、メーカーやベンダーのスペシャリストを積極的に利用すれば、一層効率的な在庫管理が実現して自動発注が成功裏に稼働できると言えます。
この際のポイントとして、基幹システムで収集される小売店舗の生々しい情報が、高度なセキュリティーが前提ではありますが、メーカーやベンダーに閲覧していただけるような環境を構築していくことをお勧めします。
自動発注が必要とするロジックの確認
自動発注のロジックには、大きく『セルワン・バイワン方式』と『在庫補充方式』及び『需要予測方式』があります。それぞれの方式には長短があるので、対象商品の特性により自動発注方式を選択することになります。
先ずは『セルワン・バイワン方式』ですが、売り場が欠品しないことが大前提になります。
言うまでもなく今回の販売実績と同数が次回も売れるという前提に立っているので、売り場に在庫が無くなり欠品したのでは本来の売上数量は分かりません。
これを避けるためには、最終販売時刻を把握して、閉店までの時間を知ることにより欠品の有無を予測する必要があります。
次に『在庫補充方式』は、理論在庫が実在庫と一致していることが前提になります。
しかしながら、不特定多数が出入りし商品形態が変化することが多い小売業では至難の業です。したがって、妥協策としては売上、仕入、移動、廃棄の数量結果を発注に生かす方法があります。
最後に『需要予測方式』ですが、需要予測のための前提条件が厳しいケースが多く、前提が逸脱した場合には予測値が外れるといった欠点があります。
予測値が外れた場合でも過剰在庫やチャンスロスが無いような安全在庫の維持が必要になるでしょう。
もっとも重要なポイントは、前段にも記載したように自動発注のロジックよりも売上や発注・入荷(仕入)・廃棄等の情報がリアルタイムに処理されて関係者が対応できるようすること、つまり意思疎通のシームレス化であると言えるでしょう。
つまり、優れた基幹システムに自動発注が組み入れられてこそ、自動発注が成功すると言っても過言ではないのです。
負けに不思議の負けなし
ここは肥前平戸藩御城下にある越後屋の離れにある茶室です。
世にいう「寛政の改革」が僅か6年で挫折し、失意にあった松平定信は江戸市中に出された「白河の清きに魚も棲みかねて もとの濁りの田沼恋しき」との落首を読み、親交のあった松浦静山に思いの丈を明かした処、静山から平戸にある越後屋八郎右衛門との面会を進められて、お忍びで平戸の越後屋に下向したのでした。
「ところで越後屋、壱岐守(いきのかみ:静山の官位)から蘭方のカラクリを任されたと聞いたが、その後はどうじゃ。」
「大殿(静山の隠居後の敬称)からは御倉の品を過不足なく備え、値も世間相場で調達できるようにとの下命を受けた平戸藩蘭学者の娘が考案した“自動発注”と称するカラクリを主導するようにと仰せつかりました。
私共ご家中に出入りを許された商人が寄合をもってカラクリを回し、私越後屋が取り仕切りをいたしております。
嘗ての様に御倉奉行所の与力様よりご発注を頂き、産地への調達を行うような不調法から、カラクリを商人が必要と思う時に見て、調達までの日数を考慮して品を切らさないように前もって調達して御倉に収めるようにいたしました。
この様にすると品切れすることも無くなるのみならず、値ごろな時期を見越して産地から調達するので、良い品が値打ちに収められ、我ら商人も急かされることなく商いが行えます。近江商人ではありませんが“三方よし”になった次第です。」
「それは重畳。商人が寄合をもって商いを行うとは良いことじゃな。
ワシも老中の時に幕府の調達を改革しようとして、特に浪費の激しかった大奥のお仕着せ呉服に首を突っ込んだが、見事に失敗したわ。
御年寄(おとしより:大奥の最高権力者)をはじめとした女中共が陰に陽に抵抗したので往生しつつも抵抗を抑えて改革を推進したが、結局うやむやになってもうたわ。何がいかんかったのかのう。」
「将軍様の奥向きのこと故、我らの様な商人には仔細をお教えいただくことはできませんでしょうが、申し伝え方を疎かにしてしまってはいませんでしたか。
発注方法のみを改革しても事はうまく運びませぬ。お仕着せ故決まりの反物を保管しておられますでしょうが、その数を帳面につけるのはもちろんのこと、出入りの数と値も書き損ねてはいけませぬ。
そして、発注し納品する時期と商人もお奉行様立会いの寄合で決めるのです。
そして、これを都度伝達するのではなく、お女中やお武家様そして商人が何時でもカラクリを見て、即時行動を起こせるようにしなければなりませぬし、当方が携わっているカラクリはそのようになっております。」
「なるほど、その方が申すカラクリの仕掛けは、単なる発注の改革ではなく、手持ちや出入りの方法をも改することであるな。ワシはそこに気づかなんだわ。」
「越中守(えっちゅうのかみ:定信の官位)様、御無礼を仕った。やっとのこと静山めは御前にまかり越すことができ申した。」
「止めよ、静山。ワシとおぬしの仲ではないか。ましてや、失脚した後も“五、六年金も少々たまりつめ、かくあらんとは誰も知ら川”などと落書を書かれた身である。定信でよい。」
「それでは定信様。越後屋からカラクリについての仔細をお聞きいただけましたか。」
「部分的な改革では無く、前後の伝達に関しても着手せねば上手くいかないと学んだわ。ところで静山。蘭学に造詣が深い娘を幕府の役に立たせたいが、江戸に連れて行っても良いか。」
「双星いずみのことですな。彼の者は平戸藩の宝故、その儀はご容赦ください。」
「やはりそうか。確かに今の幕府では娘が表立って役立つのは無理じゃな。
200年続いた徳川の御代は、この後100年と持たないように思うが、そのいずみとやらが幕府で辣腕を振るえば、更に200年以上続けると思うたが残念残念。」
こののち、定信、静山、越後屋の三人で酒を酌み交わしながらカラクリについて語り合ったが、全体を変えずして部分的な改革では失敗に終わることを合意したのであった。