消費税増税・軽減税率で何が起こるか?
安倍総理の方針発表で、消費税10%への増税が2019年10月1日に予定通り引き上げられる方向に向かっています。
「いよいよか・・」という思いとともに、「景気を左右する、小売業に大きな影響を与える増税になる」との懸念も湧いてくるのではないでしょうか?政府は、増税の影響を極力減らす対策を打つとしていますが、そもそも、そんなに対策を講じないといけない増税なら、やることすらどうなのか?と私なんかは思いますし、対策そのものがプレミアムフライデーのように「あれ?」ってならないことを期待したいと思います。
しかし、上記対策は、どうしても小売業の現場を知らない、一般消費者とはほど遠い生活を送っている政府の人達が考え、決定する対策であるため、現場サイドの想像力に欠け、対処療法的な発想が多く、過度な期待はできません。よって、小売業各社は、自分自身で対策を講じる必要が今回もありそうです。
私事ですが、先日ガソリンを入れたときに170円/ℓでした。私の記憶では過去40年くらいで最高額です。
2018年になり、ビールも値上げされ、たばこも値上げに、ドライ関連の食品も公共料金も軒並み値上げです。そこに今回の消費税増税となるわけですから、収入が増えていない消費者にとっては強烈なダブルパンチです。
消費冷え込みの対策として、中小小売店でクレジットカード等のキャッシュレスを使ったらポイント2%還元という案が出てるらしいですが、これらもお得感があり、現金でない分消費が進みやすいといった景気対策を考える側が発想した対処療法でしかなく、増税後に現金で買うものをクレジットで買うだけで、消費が活発化するとは思えません。そして、結局どこかで誰かがこの2%を負担しなければならないことも事実ですし、中小小売業もカード手数料を負担しなくてはいけません。結果、弱いところが負担することになったり、税金を還元することとなるので、巡り巡って全体で見たら景気低迷につながってしまう可能性を秘めていると私は思っています。
消費者だって馬鹿ではないし、2%でも安くという価値観の人は多くいますから、これら小手先の対策に踊らされることはなく、間違いなく駆け込みで買いだめをしますし、冷え込みは起こると思います。それに加え、軽減税率対策やインボイス対応など、消費者の価値を生まない、企業のコストが上がるようなことになるわけですから、小売業で働く従業員の給与や賞与は上がりにくい。想像すれば簡単に分かることです。消費税還元セールを容認することについても同様の可能性を秘めています。これだけ考えても、今回の増税はとても問題が大きいということが現時点で分かります。
今回は、このような状況の中、消費税増税と軽減税率の導入で、小売業を取り巻く環境に何が起こるかを過去の実績を振り返りながら予想をし、対策を考えてみたいと思います。
過去の増税を振り返り検証してみる
過去何度か実施された消費税関連の小売業に対する動向は、消費者心理の影響が極めて高かったと私は分析しています。過去の増税タイミングの動向を、消費者心理とともに以下振り返ってみたいと思います。
■ 1989年 消費税導入(3%)
消費者心理は 『消費税が導入される前に買わないと損』
もう30年も前の話になりますが、このときに大型間接税の導入として、日本で消費税が初めて導入されました。当時はバブル絶頂の好景気時期です。消費税の導入前に買わなければとばかりに、車や住宅をはじめとした大半のものに、強烈な駆け込み需要が発生しました。小売業でもブランド品や高額商品、高級家具、衣類、住関連商品が飛ぶように売れました。酒類はケースで売れまくる状況でした。導入後の消費の冷え込みも数週間発生したものの、アッという間の5月には回復し、景気に対してほとんど影響のない、小売業にとってもありがたい消費税導入になったと記憶しています。
■ 1997年 3% → 5%に増税
消費者心理は 『所得が上がらず増税でこの先が不安』
約20年前の話になりますが、消費税が3%から5%に引き上げられました。このときは大型倒産や銀行の経営破たんが起こるという不景気な時期です。そんな時期でも、車や住宅を中心に駆け込み需要はもちろん発生しましたが、小売業に関しては1989年ほどの盛り上がりはありませんでした。一方、増税後の消費低迷は深刻なものになりました。駆け込み需要の盛り上がりを期待して準備をしたものの、思ったほど盛り上がらなかったため、結局増税前に利益を削ってのセールをする羽目になり、それがさらに、増税後の消費税還元セール等をせざるを得ない状況を作りました。この負のスパイラルにより、消費低迷はその後も続き、翌年から政府の借金は倍増、あきらかにこの増税がデフレのキッカケとなり、結果的に税収は減ってしまい、市場はなかなか回復しませんでした。
ちなみにこのとき政府は、増税の影響を極力減らす対策として、消費税を上げると同時に、減税も実施し「国民の負担は0」と仕切りにアピールしていたのをよく覚えています。
■ 2014年 5% → 8%に増税
消費者心理は 『景気上昇ムードも所得は上がらない』
今から4年半前に、消費税が5%から8%に引き上げられました。この時期は東日本大震災の打撃からも少しずつ回復し、第二次安倍政権が盛り上がった時期です。そんな時期の駆け込み需要や、増税後の消費低迷を小売業全体で見ると、1997年と非常によく似た傾向になりました。駆け込み需要はバブル期ほど盛り上がりはないですが、1997年を若干上回る感じで発生しました。増税後に関しては、消費税還元セールを禁止した影響や、日銀対策による円安の影響で原材料が高騰し、物価が全般的に上がったことで所得が増えない消費者にとっての実質的な所得減少状態となり、1997年と同様の消費低迷のカーブを描きました。
ちなみに、このときにマスコミを通じて小売業各社がバッシングされたのが”便乗値上”ですが、私から見れば決してそんなことはなく、実態の多くは原材料高騰による仕入原価のアップであったと思います。対症療法的なデフレ対策が生んだ、これらの消費低迷の影響でその後の増税は見送られることになり、2015年10月からの消費税率10%の実施が2017年4月に1年半先延ばしに、さらにそこから、2019年10月に延期されることになりました。
上記のように、過去を振り返ってみましたが、はたして1年後の消費者心理はどうなっているのでしょうか?「仕方ないから受け入れるけど、消費は減る」等にならなければいいですが、今日現在の状況では、駆け込み需要以外、消費が活発になる要素は見つかりません・・。
業態別に影響を考える
では、今回もし予定通り軽減税率を含む増税が実施されたら、業態別にどんな影響がでるかを独自に予想し、どんな対策が効果的かを考えてみます。
■ 食品スーパーマーケット
今回は軽減税率が導入されるため、8%に据え置きの「酒類と外食を除く飲食料品」を多く扱うスーパーマーケットは絶好のチャンスであると私は思います。公共料金をはじめ、外食、医薬品、日用雑貨等は軒並み増税となるわけですから、イメージ的にそれらの業態へは足が遠のく可能性はありますが、スーパーマーケットへの客数には影響がないと予想できます。それどころか、もし”外食は損”のイメージがついたら、客数が増えることも予想されます。そして、外食に変わり、荒利の高い惣菜が売れる可能性が大いにあります。品質を上げ、外食に負けないテイクアウトに負けない美味しい惣菜を提供することで、外食産業からお客様を新たに獲得できるかもしれません。
また、税率が8%で外税本体表示ですと、多くの人は瞬時に税額がいくらなのか分らないですが、10%になったらほとんどの人が一発で税額が分かるようになります。この税額がいくらか分かってしまうことはあまり消費にプラスに働くことはないと思います。そこも食品を扱うスーパーマーケットにとってはラッキーなところであると私は思います。また、本当に中小小売業のクレジットカードによるポイント2%の還元が実施されれば、ポイント還元で実質消費税が6%になる?ことになりますので、実質カード手数料の方が高くつくものの、アピールの仕方によっては、あそこで買った方が得というイメージがつき、客数UPという、消費低迷時期には理想的な形に展開できるかもしれません。
■ ホームセンター
買いだめが効く非食品を中心に扱うホームセンターは、食品を主に扱うスーパーマーケットに比べて早めの駆け込み需要が発生することは間違いありません。まとめ買いセールなどの販促で、さらに売上を伸ばすことも十分可能です。一方その反動で、増税後の落ち込みが多いのもこの業態の特長です。過去の例からみても、百貨店に次いで落ち込み幅が大きくなるのがホームセンターです。一度離れられたお客様を呼び戻すには、とてもパワーが必要となりますので、お客様の離脱が起きないような対策を立てることが大きな課題です。
過去の傾向では、家電、家具、インテリア、住関連品が2か月前くらいから需要が増しています。ネット通販系の企業が最大の敵になるとは思いますが、ネット通販系は、直前の1か月はおそらく運送業界のパニック状態で対応が困難になります。それらのことも考慮に入れて、商品調達や準備をしておくと良いと思います。
このような特需チャンスを活用して、来店されたお客様に、その他の商品を訴求し買上げ点数を増やすことや、クーポンやイベント・教室等の増税後の来店促進販促で、さらなる売上UPのチャンスが大いにあるのがホームセンターです。
■ ドラッグストア
買いだめが効く、医薬品・化粧品と日用雑貨を扱うドラッグストアにとっても、駆け込み需要という特需は絶好のチャンスとなります。ホームセンター同様に販促を打つことで売上を伸ばすことは可能です。増税後の落ち込み対策も、食品をスーパーマーケットより安価に提供できる体制があるので、対策はホームセンターに比較し、打ちやすい環境にあると思います。
増税後の消費の落ち込み対策については、おそらく各社今回解禁される”消費税還元セール”等を、多くの部門で実施し、客数減を食い止める施策に出ると思われます。ドラッグストアの場合、医薬品、化粧品、健康用品等の高荒利部門とのマーチャンダイズミックスが比較的やりやすいので、客数減さえ防げれば、増税後厳しい時期がしばらくはありますが、乗り越えられる業態であるのは間違いありません。
■ 外食産業
小売業ではないですが、外食産業は影響も大きいと思うので、軽く書きます。
「フードコートや店内で食べたら10%で、テイクアウトなら8%」。
日本人の多くは「なんだそれ?」ってなります。そして、「持ち帰った方が得!」って誰でも思います。それを考えると、外食産業のうちテイクアウトのないお店は今回の増税・軽減税率は明快に不利です。テイクアウト中心のお店は追い風になる可能性があります。マスコミの報道の仕方や世間の雰囲気に大きく左右されるので、どのような展開になるかは、それ次第になるとは思います。
そして、フードコートで何が起こるかというと・・
持ち帰りで買って、店内で開けて食べる人が絶対現れますね(笑)
それを、お店の人も注意しないでしょうし、それで罰せられることもないでしょうからね。しかし、それらも以下のようにいくらでも対策は考えられますし、きっと多くの外食産業はそうするでしょう。
例えば、店内でお召し上がりの方には「本体価格2%OFF」ってすれば価格は一緒になります。仮に1,000円のランチの場合、持ち帰りは1,000円に8%で1,080円になります。そこに店内お召し上がりの方は、本体価格18円OFFの982円ってすれば、982円に10%で1,080円になり、実質消費者から見れば同じ価格になります。当然外食産業側からみれば利益は減りますが、客数減に比べれば、安価な広告宣伝費と判断して、きっと実施するでしょう。
また、多くの外食産業がこの物価上昇の流れに乗って、増税前の早めの段階で値上げを実施し、増税後は据え置くという形をとることも予想できます。
しかし、どんな対策も戦略も、マスコミの報道の仕方や、ネット・SNSで拡散されたり騒がれたりすれば、たった2%の差が大きなものとなり、「外食すると損」というイメージはついてしまうことは避けられないので、しばらくの間厳しい状況になるかもしれません。例えば、増税直後のニュース番組の街頭インタビューで・・
「外食は損なんで、家で食べます」
「還元してくれてるんで、特に今までと変わりません」
という両極端のインタビュー結果を得たとき、報道はどちらかに偏って流されると思われるので、それにより流れは大きく変わると私は予想しています。
今打つべき手は?(現場編)
■ 逆境を克服し強い企業に
いずれにしても増税前と後に、何が起こるかは各社予想し、対策をする必要があります。これをチャンスと見るかピンチととらえるかですが、ぜひチャンスととらえていただきたいですし、読者のみなさまには、この状況に悩むのではなく、ぜひ、どうチャンスに変えるか!考えることをしていただきたいと思います。
考える方向は、これから起こる・・
- 買い控え対策
- 駆け込み需要対策
- 増税後の消費低迷対策
といった増税対策です。そして、この目先の対策だけではなく、これを機に、やりたい・やらなければと思っていた売場改善(価格・品質・品揃え)や、新サービスの構築、集客活動に同時に踏み込むことができれば、今回の増税が、本質的な改善となる絶好のチャンスになると思いますがどうでしょうか?
■ 増税対応だけでなく増税”対策”をお客様への提案力で!
駆け込み需要対策としては、過去の例から、常温保存が効く、場所をとらない、定期購入商品が飛ぶように売れることが分かっているので、あとはどのタイミングでお客様が購入されるかを判断して、自社での購入を促進することがポイントとなります。そして、価格だけで決して勝負するのではなく、”価値”で勝負すべきです。それには、「今が買い時」という知恵のない販促ではなく、コストパフォーマンスと実用性をお客様にキチンと提案する販促を行うことです。POPでの訴求でもいいですし、そういう商品群を集めたコーナーや売場づくりをして、衝動買いを訴求することもいいでしょう。時期は、過去に習うと駆け込み需要のスタートが前月の中旬になりますので、HCでは8月頃、SMやDrgsでは9月上旬頃が、先を越されない、早すぎないヒットタイミングであると予想できます。
増税後の消費低迷対策としては、駆け込み需要で売れた商品の売れ行きは確実に落ちることから、それらの商品の在庫量や陳列量・フェイス数は、その考慮をすべきです。そして、特別な時期ということで、それら商品の通常通りの陳列や発注をすることは避けるべきです。自動発注をしている場合はとくに注意をし、その間の配慮が必要です。また、増税後にも大切なのは、お客様価値を考えた提案です。お客様の購買意欲が湧く商品を品揃えし、お客様の心に刺さる提案(実用性やコストパフォーマンス)をし、お客様の背中を押して差し上げる提案をすることが消費低迷対策の基本中の基本であると思います。
いずれにしても現場では、増税に対する何の価値も生まない事務作業や現場作業などの増税”対応”・増税”支度”だけに翻弄されるのではなく、売上や利益に直結する増税”対策”をしていただきたいと思います。公共料金を含む周りの全ての料金が上がるわけです。そして我々がターゲットとするお客様の収入は決して上がっているとは思えません。普通に何もしなければ、売上や利益は確実に落ちることは容易に想像できるはずです。今回の増税対策の本質をもう一度現場でも腹落ちさせるべきではないでしょうか。
今打つべき手は?(システム編)
■ やるべきことは時期までにキチンとやる
システム的に、消費税増税や軽減税率対応は法律ですから必ず対応しなければなりません。しかし、残念なことに、この対応をしても企業としての売上も利益も上がりません。それどころか、対応コストが増え、納税額は原則増えるのですから、経営努力で確保している利益を完全に圧迫し、ましてや業績がUPすることもなければ、この対応でお客様が増える訳でもありません。
そして、とくに軽減税率対応には、時間とお金をかなり費やさなければなりませんので、増税による利益圧迫に加えて、小売業のみなさんに与える影響はとても大きいです。
ざっと考えても以下が必要です・・
- 社内外の体制の確立(法律や制度の理解と対応方法の決定)
- 現行システムの変更対応(要件定義~テスト確認)
- 実作業(マスター登録・棚札の貼り替え等)
2.のシステム変更はなるべく小さくしたいところではありますが、現在のシステムで複数税率を対応できるシステムを保有している企業は、あまりいらっしゃらないのではないでしょうか。そして、1.の対応方法によって、2.3.の作業範囲は変わり、大きなコスト負担になることもあり得ます。
一部専門家の間では「選挙があるから、波風を恐れてまた延期されるだろう」という声があり、何となくまた延期では?というムードが小売業各社にもありましたが、先般の安倍総理が増税を明言したことで、世間の風は一変しました。よって、これを機にシステム変更対応をするIT企業への発注・依頼が殺到することは目に見えています。そして、SEの確保が難しくなる事態が発生することも容易に想像がつきます。
これまで私も、目先の増税対応を単純にするのではなく、全体を見つめ投資対効果の上がるシステム投資をすべきと言い続けましたが、もはや時間切れで、急ぎ対応を余儀なくされる段階にきてしまったのかもしれません。
■ 今できることを考える
私たちは、消費税増税を延期することも、軽減税率やインボイス制度の内容を決めることも、廃止することもできません。まして、文句や愚痴を言っても気持ちがネガティブになるだけで何の効果もなく、まったくもって得策ではありません。
では、何をすればいいのか?
それは、今自分達にできる最良のことをするしかありません。
私ならば、この機をチャンスととらえ、システム変更の範囲を広げます。日頃抱えている問題や、生産性を向上させるしくみ、お客様に価値を与えられるしくみ、競争力をつけるしくみ等々、今回の投資を増税による浪費とせず、価値ある投資に変えていくことを考えます。
また、今回の増税に関わるシステム改修系の補助金として、国が軽減税率対策予算を組んでいますので、その範囲や内容を確認・理解し、利用できる補助金は必ず活用します。
読者のみなさまには、必須となる今回の軽減税率対応のシステムの変更ですから、この機に投資対効果を意識したシステム投資をしていただきたいと思います。
今後もITの力が小売業の行く末を左右することは言うまでもありません。コスト削減や生産性向上、競争力強化を、補助金をうまく活用した上で 戦略的に計画することが、今自分達にできることではないでしょうか。
今回は『消費税増税・軽減税率で何が起こるか?』というテーマで書かせていただきました。
多くの小売業の方々は、既に今回の増税で何が起こるかを予想し、おそらく多大なコストと時間を要する可能性を感じ、随分前から様々な調査や準備をしてきているのではないでしょうか。しかし、まだその時期は最終決定したわけでもなく、増税の影響を極力減らす対策とやらも、これから決めるという段階です。それこそ見切り発車すれば、時間とコストの無駄遣いとなってしまいます。
しかし、決して無駄にならないこともあります。それは、お客様への提案力を今こそ磨くことです。これは、駆け込み需要対策にも、増税後の消費冷え込み対策にも共通して効果を発揮する力であると言い切れます。お客様の背中をそっと押せる提案力が身に付けば増税をチャンスに変えられるどころか、末永くお客様に頼りされる企業になると思います。
そして、増税までにやるべきことはキチンとやり、その上でお客様にどう価値を与えるかというビジネスの本質を忘れず、必ず投資対効果が出るような”増税対策”に舵をきれる企業が、強い小売業の姿であると思います。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。