基幹システムと管理会計論 その資格と目的を解説
制度会計は財務会計や税務会計に分かれており、財務会計が外部利害関係者への説明を目的としているのに対して、税務会計は税金の申告を目的にしているので、制度会計は同じ制度に従っています。
これに対して管理会計は企業内部の意思決定時に利用する会計ですので、制度に縛られることなく目的に応じて自由に実践することができます。
基幹システムも同様で小売企業の目的に応じて自由に実践することができます。さらに言えば、利用するかしないかも自由なのですが、企業の効率的運用や意思決定に関する重要な機能を提供するので必須であると言えます。
しかしながら、特に中小小売企業においては作成が困難であることを理由に実践していない企業が多く見受けられます。当ブログでは明治時代経済小説風に、管理会計の目的と本質、重要性さらには実践に関わるノウハウの一部を解説します。
目次
基幹システムを構成する2種類と管理会計を構成する2種類
【登場人物】(すべての組織・人物はフィクションです。)
渋谷栄一(しぶや えいいち)=明治期に数多くの企業開設に貢献した財界の偉人
渡部甚吉(わたべ じんきち)=岐阜国立銀行の初代頭取
大隅重信(おおすみ しげのぶ)=大蔵卿(大臣)や内閣総理大臣を歴任した政治家
渡部は頭を抱えた。彼が頭取を務める岐阜国立銀行が甘い融資を繰り返していたため、大蔵省銀行課の検査で準備金不足を指摘されたのでした。この事実は国立銀行の存続が危ぶまれる事態に進展する事は目に見えているのです。
渋谷先生にご指導を頂き、大蔵省で簿記を習わせていただきながら、必死で設立した岐阜国立銀行をこんな形で亡くしたなら、渋谷先生に合わす顔がないどころか、せっかく軌道に乗り始めた岐阜の経済にも水を差すことになる。融資先の帳簿もしっかりと見て、健全なところに絞って融資したにもかかわらず、一部の商店が返済に窮し始めた。何がいけなかったのか。
渡部は才能ある人材であったので、その時すでに多くの会社を設立していた渋谷に認められたのである。
岐阜の田舎者に数々の支援をして頂いた渋谷先生の手を煩わせるのは心苦しいが、このままでは岐阜国立銀行が立ち行かなくなると一層のご迷惑をかけてしまうのでご助力を頂くことにしよう。
渡部は上京して渋谷を訪ね、事の成り行き詳細を報告して今後の対応について指示を仰ぎました。
仔細は相分かったが、融資に当たって融資先の帳簿を調べるは当然ながら、君が学んだ簿記は制度会計の作法に過ぎないのだ。つまり、過去と結果を表すものであるにすぎない。君が融資を決するに際して、優良な過去と十分な現資産を有している処に限定したのかね。
誠に申し上げ難いのですが、岐阜にはそのような商人は無く、優良な融資先は主に官営企業であり、官営企業には四井銀行が既に融資を行っています。我らは四井銀行に相手にされないが、先行きに希望がある商人を支援するために岐阜国立銀行を設立したのです。したがって、岐阜国立銀行の融資先は現状心許ない商人が大半です。
岐阜には、岐阜国立銀行が設立される前に財閥系銀行の四井銀行が出張所を開設しており、殖産振興に伴う官営企業への融資を行っていたのですが、民間企業への融資には慎重でした。
岐阜の商人たちは資金調達に困っていたので、渡部らが岐阜国立銀行を設立したのです。
過去や現状が心許ない商人の先行きを見込んで融資をしたのであれば、いかなる事実をもって先行きを評価したのだ。
我らは融資先の事をよく見知っております。始末の良い健全な商売をしている商人に融資をしたのですが、中には不心得者がおりまして、その不届きな内面を我らが見抜けず回収不能になりました。
君の間違いは、融資先商人の過去だけを見て融資の判断をしたことだ。官民や規模の大小に捕らわれずに判断するには現在と未来を見据えて融資の判断をすべきだと私は思う。信用は“のれん”や見た目から得られるものではなく、確固たる信念から生まれるものだ。
現在と未来を見据える方法などあるのですか。
ある。事業が秩序だって行われているかは、根本をなす機構(今の『基幹システム』に相当、以下、基幹システム)が業務の支援を的確になし、記録された大福帳(今の『データベース』に相当)を常に見返りながら業務の見直しに生かされていることが重要であるが、基本に忠実な商人は管理会計を行って現状と未来を見据えており、君達は融資先商人が行っている管理会計を融資に当たって確認すべきである。
その管理会計とは、どのようなものなのですか。
“予算管理”や“原価管理”などで構成されておる。予算管理は利益数値の確固たる見通しを明らかにし、原価管理は事業の裏付けを表す。数字算出の確固たる見通しと裏付けの無い事業は必ず失敗する。
2つに分類される管理会計と3つに分類される基幹システム
管理会計の構成や機能は分かりましたが、管理会計を実行する目的は何でしょうか。
管理会計の目的は大別すると業績評価と意思決定に分類できる。
つまり、会計数字を用いて商店の主人や番頭・手代などの業績の良し悪しを明らかにして得手不得手を将来の商いに役立てるのが業績評価会計である。
また、新たな事業への進出や損している事業からの引き上げなど将来の方向性を決めるために役立てるのが意思決定会計である。
商売の根本をなす基幹システムの大福帳を売上、仕入、在庫に分類して売り方、仕入方、商売の元ネタの良し悪しを勘考して利益に結び付ける行動と同じ考え方である。
帆船に例えれば、管理会計が羅針盤となって船の行き先を決め、基幹システムが舵と帆で船が行くべき方向へ向かっていくが、その資格つまり必要とされる条件は目的が明確になっていることである。
共通部分が多い基幹システムと独自性が強い管理会計
先生、有難うございました。融資先の良否を判断するには管理会計の有無と内容をよく見聞きすることが非常に大切であることを理解できました。ところで、管理会計も制度会計の様に決められた様式や約束事があるのですか。
無い。根本をなす基幹システムは事業種類によって似通っており、成功している処の内容を学び、真似れば自ずと上手くいくことが多いが、管理会計は商売により最適な様式や規則が異なるので、商人が目的に応じて自ら規則を作らなければならない。
そして、目的が変化したときは無論であるが、常に変化している世の中において、管理会計も変化させなければならない。故に、簿記のように解法が無いので、商店の主人や番頭が使いこなしているかを良く見聞きすることが肝心要となるのだ。
業務に役立つ基幹システム、経営に資する管理会計
管理会計の有用性は良く理解でき、我らは融資に当たり制度会計のみならず、管理会計の評価もせねばならないことも理解しました。
しかしながら、岐阜国立銀行の取引先商店は規模が小さいが故に管理会計に長けた人材が居ないのではないでしょうか。
そこなのだ。根本をなす基幹システムが効果を発揮するのは、業務の省力化と大福帳の利用により業務の見直しであるが、この評価をする時に管理会計が効果を発揮するのである。
つまり、売上や荒利が前年を上回っていることは大福帳で確認できるが、省力化は営業利益が前年を凌駕していることを確認せねばならない。
したがって、商人の将来性を見るには、出来が悪い管理会計であっても、実直に利用しようとする姿勢を確かめねばならない。
渋谷先生。欧州を視察され、新政府の要職にも就かれて重責を担った方ならではの御見識を、大変ありがたく承りました。しかしながら、直近では大蔵省銀行課から増資の許可を得られないと岐阜国立銀行は立ち行かなくなります。お助けください。
今の大隅大蔵卿は私が奉職時代の上司であるから、手紙で嘆願してみよう。しかしだな、これだけは肝に銘じてくれ。できるだけ多くの人に、できるだけ多くの幸福を与えるように行動するのが我々の義務であることをな。
渋谷は時の大蔵卿大隅重信に手紙を書き、岐阜国立銀行の救済を願い、大隅の計らいにより無事に増資が認可されて、岐阜国立銀行は存続したのでした。
暫くして大隅は渋谷を自邸に招き多方面にわたる多くの事を語り合った。というよりは、大隅がほぼ一方的に話をしていた。その中で、渋谷は岐阜国立銀行に対する尽力に礼を言ったのでした。
先の岐阜国立銀行の救済懇願にご尽力を賜りまして、誠にありがとうございました。
何のことはない。若者の失敗を助けることは吾輩の望むところだよ。齢四十になると渡部の様な若者の失敗が羨ましくもあるんである。吾輩個人も幾多の失敗を重ねたが、しかし恐縮はせぬ。失敗は我が師なり。失敗は我が大いなる進歩の一部である。であるから、渡部に会ったら大隅からのはなむけの言葉として伝えてくれ。『怒るな。愚痴をこぼすな。過去を顧みるな。望みを将来に置け。人のために善をなせ。』とな。
後に渋谷から大隅のはなむけを聞いた渡部が大いに感激し、地元経済に多大な貢献をしたことは言うまでもないのでした。