小売業でマーケティングとプロモーションは役立つか 【ワイン編】
20世紀経営学の巨人であるピーター・ファーディナント・ドラッカーは、
マーケティングについて「マーケティングの理想は、セリング(売り込み)を不要にすることである。マーケティングが目指すものは、顧客を理解し、製品とサービスを顧客に合わせ、おのずから売れるようにすることである。」と言っています。
我が国チェーンストア理論の巨人である渥美俊一氏は「売れてしまう。儲かってしまう。」仕組みづくりを説いていますが、マーケティングに対しては『売りつけるノウハウ』の意味があるとして否定的であり、小売業はマーチャンダイジングと言う用語を多用すべきとしています。
用語の用い方に違いはありますが、小売業では『売れてしまう』ようにすることが重要であると言えます。
売れなくなった小売業におけるマーケティング
【登場人物】(すべての組織・人物はフィクションです。)
いずみ・・・・スーパーマーケット「チェーンズ」の一般食品MD
マスター・・・ワインバー「テロワール」のマスター
ソムリエ・・・マスターとは幼馴染で有名レストランのシェフソムリエ
名古屋駅から私鉄に乗って10分程の各駅停車しか止まらないT駅前に有るワインバー‘テロワール’は、マスター一人で切り盛りしている店なのですが、今日はカウンター席にマスターが座り、調理場を兼ねたカウンターの内側では見慣れない人物が料理の下拵えをしていました。
東京銀座の有名フレンチ・レストランでシェフソムリエをしているだけでも多忙なのに、テレビの料理番組にも出演している君が、名古屋の端にある小さなワインバーに来て調理場に立つなんて頭がおかしくなったのかい。
確かに日頃は分刻みのスケジュールだけど、今日は名古屋駅前のホテルで予定されていたイベントが、関係者に新型コロナ陽性者が出たとかで突然キャンセルになって時間が空いたので、この店に来ることにしたんだけどお邪魔だった?
お邪魔だなんてとんでもない。身に余る光栄だけど、客としてカウンターに落ち着けばいいと思うけどね。
今日は数日前から体調を整えてイベントに臨もうと気合を入れていたので、料理を作らないとモヤモヤした気分が晴れない。かといって、ホテルの厨房で動き回るわけにもいかないのでここを借りているんです。
そんな会話をしている時に、入り口の扉に付けてある鈴が軽やかな音を立てたのです。
こんばんはマスター…あ!
お店のオーナーが変わったのかと思ったら、マスターがカウンターに座っているから驚いちゃった。
あれ、カウンターの内側に居るのは新人さん?
僕の幼馴染のシェフソムリエです。今日は手持無沙汰を紛らわせるために来てくれたのです。
マスターの料理とワインセレクトはグッドだけど、たまには銀座フレンチの味わいも試してください。
銀座の味わいなんて夢のような話だけど、私には贅沢じゃないかしら…
値段はマスターが付けるのでテロワール・プライスですよ。
ところで…いずみさんは今日も何か相談ごとがあるのではないですか?
マスターは察しがいいのね。
今日はスーパーマーケット『チェーンズ』で一番古いお店に行ったら、店長が暗い顔して「売れなくなったと」言っているのよ。具体的に数値でアドバイスしようとしたんだけど、とてもそんな雰囲気じゃなかったの…
まずはお近づきの印として、オーロラ・ソースのシュリンプ・カクテルにイタリア・フランチャコルタの泡(スパークリングワイン)をどうぞ。
オーロラ・ソースはとてもシンプルだけど、作り手によってこんなに美味しくなるのね。そして、冷涼な地域特有のキレの良い酸やミネラルが特有のシャンパーニュの泡を合わせるのではなく、ふくよかで芳醇な香りとあふれる果実味のイタリアのフランチャコルタなんてフレンチシェフソムリエらしくないわね。
ありがとうございます。美味しいものに国境はないのですよ。ワインも同じです。
さきほどのお話についてですが、店長さんのお悩みは良く分かりますよ。
分野は違いますが、私も同じような理由で悩んだ時が有り、『売れなくなった』と思うのは、つまり、これまで売れていた場所、方法、価格では売れない…
これこそマーケティング・ミックスで言う4P(プロダクト、プレイス、プロモーション、プライス)が古いままではダメだというのを表しているのではないかと気づいたのです。
売れるようになる小売業のマーケティング
いずみは期待を膨らまして次の料理とワインとそしてシェフソムリエの言葉を待っていました。
次はマグロのソテーにブルゴーニュ(フランスの代表的なワイン産地)の繊細で軽やかな酸味のあるピノ・ノワール(赤ワイン用の代表的ブドウ品種)をどうぞ。
…そして、モノが売れるようにするのはどうすれば良いかですけど、月並みですが答えは繁盛している店にあると気づいたのです。
店によってターゲットとする客層は違うので、いずみさんの期待する具体的な答えは出せませんが、対象とする客層が必要とし、買ったり食べたりすると心が弾み、同時に自身や家族が抱えている問題も解消すれば買ってもらえる、つまり『売れてしまう』と思い至ったのです。
マーケティングの4Pに当てはめれば、これから売れる製品(プロダクト)を、売れる場所(プレイス)まで出向き、価格(プライス)以上の品質で、製品を認識していただけるようにアピールする販売促進活動(セールス・プロモーション)が答えだと思ったのです。
…魚には白ワインで決まりと聞かされていたけど、赤ワインを合わせるのも有りね。
ところで、これまで売れていたモノを一旦忘れて、これから売れる製品の探し方とプロモーションをもう少し教えて頂けませんか?
小売業のスペシャライゼーションとプロモーション
料理とワインのマリアージュ・ペアリングでは『色を合わせろ』と言われます。つまり、赤い色の肉料理には赤ワイン、白い色の魚料理には白ワインなのですが、マグロの身は赤いので赤ワインで合うのです。魚料理に赤ワインが合わない理由は、鉄分の多い赤ワインが生臭さを感じさせてしまうからなので、同じ赤ワインでもセパージュ(ブドウ品種)がカベルネ・ソーヴィニョンやジンファンデルは避けた方が良いでしょうね。
さて、売れてしまうためのマーケティングの中のプロモーションは『ロイヤルカスタマーへのスペシャライゼーション』だと教えられました。
世間ではスペシャライゼーションを専門化とか特殊化とかと間違えて理解しますが、小売業や飲食業では差別化とか徹底化と理解しなければならないとされています。
平たく言えば来店頻度の高い顧客とその予備軍の来店頻度を増加させるための品質向上と適正価格と品揃えの拡大を行います。
品揃えの拡大と言っても同じ商品群内の品数を増やすのではなく、商品群を増やして顧客の利便性を上げます。
小売業のマーケティングはプロモーションを不要にする
ソムリエさんはシェフ&ソムリエであるだけでなく、経営理論にも詳しいなんて、同じ女性として憧れてしまいます。
でも、今お話し頂いたプロモーションは結局小売業のマーケティングにプロモーションは必要ないように聞こえました。
いずみさん、流石です。
ややもすると小売業ではプロモーションと言うと特売を発想する傾向にありますが、そうであれば不要です。
常に顧客を理解し、短期的な販売促進活動をするのではなく、長期的な戦略的発想が必要であると理解します。
小難しい話題はそれくらいにして、メインディッシュはバルサミコ風味のポークソテーにアルザス(フランス東北部)のライチや黄桃などの香りにボディ感がしっかりあるゲヴェルツトラミネール(アルザス地方を主な産地とする白ワイン用のブドウ)をどうぞお試しください。
そうなのね。魚料理に白ワインで肉料理に赤ワインといった古い常識を乗り越えて、顧客の意外性に訴えて心弾ませるようにしないといけないのね。
顧客の問題を解消するとは、顧客の知らない役立つ商品やメニューを探すか創作して告知することであり、そうすれば売ろうとしなくても売れてしまい儲かってしまうのだと思います。
料理とワインに関しては一流なのは知ってたけど、小売業に関する知識も一級品だね。僕も勉強になったよ。
寂れた駅前に有る‘テロワール’が、少々高級店に見えるのは気のせいではないのでした。
【次回に続く。乞うご期待!】
2022/3/17